ボケテ地域(3)

 

 最初、フィンカ・レリーダに妻と行ったのは、今から20年ほど前になると思います。まだ、その時はフィンカ・レリーダというロッジはありませんでしたが、それから5年後、ロッジができたというので、見聞のため、さっそく妻と行ってみることにしました。その時に記したのが以下の紀行文です。

 

         フィンカ・レリーダ旅行記

 5年前に行ったとき、フィンカレリーダはすべてコーヒー園であった。ここに昨年10月、素晴らしいロッジが出来上がったという。見聞のため、ボケテの山奥にあるロッジへ向かった。車でボケテの町を越えて山道を登っていく。両側はすべて熱帯雲霧林。下を見渡せる見晴らしの良いところに来ると、緑に覆われた山のすそ野が大きなV字状に広がり、遠くに赤い屋根の別荘がいくつか見える。  さらに山を登り、車で行ける最高点の位置にロッジがあった。その門を通って、さらに数百メートル行くとロッジの建物があり、斜面の一番高いところに宿泊用の棟がある。周囲はコーヒー園と森で、緑が途切れることはない。一番高い山のすそ野の斜面なので近くにさえぎるものがなく、太陽がさんさんと降り注ぎ、見渡す限り絶景である。宿泊棟の下方にある事務所の背後に大きなジャカランダの木があり、その薄紫の花が緑の中から浮かび上がっている様子は幻想観を誘う。

f:id:shuasai1207:20191024105100j:plain斜面に広がるコーヒー園

 標高1690メートル、360ヘクタールのフィンカの土地にコーヒー園は50ヘクタール、あとはすべて熱帯雲霧林、ケツァールが食べに来るアグアカテの木が100本以上あり、年中といってよいほどケツァールを見ることができるという。さっそく、ケツァールを探しに宿泊棟からすぐ上のトレイルを登っていく。200メートルぐらいコーヒー園を過ぎると雲霧林が広がり、その入り口にアグアカテの木が並ぶ。所々にセドロの巨木がそびえ、その枝に今まで見たことのないサンショクフウキンチョウが群がっている。下から見ているのでオレンジの腹しか見えないが、よく見ると、青い頭と黒い羽、ただ、嘴の根元の赤い色は見えなかった。はっきり見えたなら、非常に美しい鳥である。

f:id:shuasai1207:20191024104042j:plain高台のメインロッジ

 この地の固有種を見た後、ケツァールを探しにアグアカテが密集しているところに向かう。しばらく木々を通り過ぎた頃、細い一本の青い線が木と木をさっと横切る。最初、何かと思って、何かが止まった木の中を見ると、確かに尾の長いケツァールである。先頭を進んでいるガイドを呼び、望遠鏡を設置しようとした途端、さっと飛び出し、下の藪の中に落ちる。藪の中だから探しようがない。その直後、ガイドは何を思ったか、ケツァールの巣の所へ行こうと言う。今の時期は巣を作って卵を産むときである。ガイドの勘は当たり、巣がありそうな枯れた巨木のすぐ傍らの枝にケツァールのメスが止まっている。20メートルぐらいまで近づいても逃げず、しばらくじっとしている。十分観察し終わったころ、ガイドがオスの鳴き声が聞こえるというや否や、メスは突然いなくなった。オスがメスを呼んだに違いない。ということは、オスが近くにいるはずである。さすがにガイドは背後の高い木の上の方に、オスが止まっているのを見つける。望遠鏡を設置してみると、後ろ向きになっているが顔を横に向けているので、頭の緑の毛や丸い黒い目、黄色いくちばし、赤と青と緑と白の色の区切りの線がはっきりと見える。ケツァールはいったん止まると何十分も動かなくなる傾向が強い。尾の長いオスの成鳥を十分観察し、満足して帰途に着く。

f:id:shuasai1207:20191024105324j:plainコーヒー豆

 午後から、熱帯雲霧林の中のトレイルを探検する。原生林地帯と言われるだけあって、セドロ、マミセーニョなど40~50メートルの巨木が多い。ボケテでもこんなところがあるのかと思うほどのジャングルの中。色々な種類のヘリコニアの花、木の上に着生している色とりどりのブロメリア、象の耳と言われる大きな葉の植物、固有のシダ、明るいオレンジ色のランなど、植生も多様である。時々、羽の透明な蝶や、黒と赤の羽に黄色の筋が入った蝶が飛び交う。ここは、雨期になると花が咲きだし、昆虫や蝶も増えるという。

 翌朝、ロッジのオーナーがコーヒーの試飲会があるので参加しないかと誘われる。この時、各国のコーヒーバイヤーが駆け付け、ここで取れたいろいろな種類のコーヒーをえり分け、最良のものを買い付けるのである。というのも、ここの発端はコーヒー農園である。1917年、ノルウェーの運河建設の技師がここに土地を買い、コーヒー農園を始める。この技師ががんで死亡後、彼の技師仲間のコリン氏が農園を受け継ぎ、今のオーナーのジョン・コリン氏は三代目である。彼の前は、母と兄弟が経営していたが、そんなに目立ったコーヒーではなかった。しかし、5年前、彼がオーナーになってから、コーヒーの品質の改善に乗り出し、コーヒー栽培に科学的方法を取り入れた。6年周期で木を新しくすること、葉と葉の間の間隔を狭めること、太陽を満遍なく与えること、実を硬くすることなどの方法を考え出した。さらに、作業工程にウェットシステムとドライシステムを取り入れ、それも特殊なやり方で仕上げている。それが功を奏して、毎年行われるコーヒー品評会でここ3年、連続で第一位を獲得した。パナマで一番美味しいコーヒーである。次の目標は国際品評会に参加して優勝するということである。そのためか、ここのコーヒーは一切市販されておらず、レリーダ・コーヒーとして、すべて世界に輸出している。

f:id:shuasai1207:20191024110353j:plain1917年製のコーヒー機械

 もう一つ特徴的なことは、オーナーが住んでいる家、納屋、コーヒー工場は1917年当時に建築されたものである。その時の工場の機械は今も使われ、90年前にすべて木材で造られた建物も腐ることなく、今もメンテナンスが施されている。その当時の家具、機械、書物、運河建設のための設計図など多数が保存されている。これらの施設が今年6月から博物館になるという。それらがフィンカ・レリーダのコーヒーツアーの時はすべて見られることになる。

 フィンカ・レリーダはバードウォッチングトレイルで必ずと言ってよいほどケツァールが見れ、ネイチャートレイルでは高山地域での動植物の生態系が見れるということと、洗練されたコーヒーの設備を見学し、味わうことができるという三つの特徴を持っている。一般的に、パナマは公共的には観光設備は他の国に比べ、劣っており、自然環境も野放しで破壊が進んでいるが、プライベートの地域は驚くほど観光設備が整い、自然も保護されている。これはオーナーの心がけにもよるが、ジョン・コリン氏は常にコーヒー園の面積50ヘクタールを守り、森林を切らないように努力している。また、それを維持するために敷地内にロッジを造り、観光収入でコーヒー園の収入を補おうとしている。これを誇りにさえしているオーナーの姿を見て、パナマの中で素晴らしいものの中の一つを見たような気がした。ボケテ地域の一番高いところにあり、緑の自然に囲まれた、最高に見晴らしの良い、太陽の光が染み渡るように降り注ぐフィンカ・レリーダにぜひ一度行かれることをお勧めする。