パナマ先住民族は先進国やパナマ国内でも見られない自然を破壊しない生産方法を独自に編み出し、それを実践しています。現在、そのやり方が先進国でも注目されており、南米の国々でもそれを学び、実践しつつあります。以下は、パナマの研究員がその実態を現地に行って取材し、編集したものです。

自然保護地域でのパナマのクナ民族の持続的可能プロジェクト

 1970年代、パナマダリエン州で、パン・アメリカン・ハイウェイの建設が始まることによって、そこに住んでいるクナ族に影響を与え始めた。チュクナケ川に沿って広がっていたクナ族たちが住む数十の部落があるワルガンディ自治区は広大で肥沃な熱帯雨林の中にあった。

パン・アメリカン・ハイウエイはアメリカ合衆国アラスカから中米、南米を南北に一本の線として通す壮大な道路建設構想のことである。

木材業者が入り込み、次々と木が伐採されていった。最初、クナ族はお金欲しさにパナマ環境省(ANAM)を仲介として、木材業者が伐採した木材をクナ族に払い下げる契約を結び、クナ族も労働者として伐採の仕事をした。しかし、気が付いてみると生活を営んでいたワルガンディ自治区の肥沃な森林までも切り崩され、しかもダリエン州以外からのパナマ人開拓民が次々と入植してきた。農業者から始まり最後には牧畜業者が入り、道路から何十キロ四方の熱帯雨林が消失してしまった。

f:id:shuasai1207:20201206174709j:plain危機に瀕しているクナ部落

森林の中で生活しているクナ族にとって、森林の消失は生存できなくなることを意味した。まず、チュクナケ川の水量が乾期に激しく減少し、生活のための木材、医薬品として採取していた薬草がなくなり、狩猟や漁獲もできなくなった。さらにクナ族の若者たちが、パナマ人の生活様式に感化されて、従来の農業を捨て材木商などに雇われ、労働者に変わっていった。伝統的なアグロフォレストリー(森林を利用しての農業)や生活文化、薬草の知識が失われるのも時間の問題だ。

環境破壊に直面したワルガンディ自治区の指導者たちは、自然を守り、クナ共同体の発展のために創設されたNGO団体「ドボ・ヤラ」に援助を求めた。急務とするのは、パナマ国内からの開拓民や農業者、牧畜業者の侵入を防ぐことである。1993年以来、「ドボ・ヤラ」と一緒に、自然資源、とりわけ、森林を守るためのあらゆる方法を模索することを始めた。ここに、ワルガンディ自治区の持続可能プロジェクトが始まった。さらに「ドボ・ヤラ」の他、海外のNGO団体からの支援も受けるようになった。活動の目標はクナ族の住んでいる地域の合法化、環境教育、経済的援助の確立の三つであった。

地域の合法化の推進の結果、2000年、パナマ政府との交渉により、正式にワルガンディ地域が自治区となり、合法的に議会を通しての決定権が成立した。これによりクナ族以外はこの地域への個人的な土地所有は禁止された。

議会は規範として、クナ族文化を守り維持すること、経済的発展をすること、自然資源を持続可能にする、等を定めた。

森林や自然環境の荒廃を最小にするために、伝統的な知識と、その中に近代的実践を取り入れ、それらが、薄れ去ろうとする今日のクナ族やこれからの子孫に文化として根付かなければならない。そこで、先祖から口承によって伝えられてきたクナ族の伝統を知り尽くすクナの男女たちを選び、「ドボ・ヤラ」と一緒に自然の生態や環境等について話を聞き、それを録画し、記録に残すという仕事を始めた。

植物の生命や用語、植物と人間との関係性、鳥類の行動、クナ族が古来から信じる人間の起源、母なる大地の創造と進化、宇宙のバランスなどについてである。その結果、「ドボ・ヤラ」をはじめ、各支援団体たちは、クナ族が創造の基台となっている森林についての広大な、豊富な知識を持っていることが分かった。

 f:id:shuasai1207:20201206175607j:plainソソ椰子が茂るジャングル

経済的代案や農業生産の目的は、ワルガンディ自治区の経済的自立と自然資源の持続的使用を促進することである。3年間の計画を立て、プロジェクトの活動を実践した。その結果、経済自立に成功した一つがコーヒー生産であった。クナ族共同体による販売委員会を設立した。市場と販売ルートの確保に努めた。また、NGO団体から農業技師を要請して、その技師の指導の下、コーヒー栽培には良い条件とは言えない熱帯雨林でも、より品質の良いコーヒー栽培方法を習得した。

ワルガンディ自治区に住むクナ族の持続可能な生産において重要な点は、森林の中で利用できる植物を守ることである。クナにとって、森林はスーパーマーケットでもあり、薬局でもあり、ホームセンターでもある。住居やカヌーを作り、織物を作るための繊維であり、台所や洗濯のための家庭用品の材料、また、宗教儀式のための酒、楽器の材料や、薬草の宝庫である。クナの文化を存続させるための植物、特に有用な植物とそれらに関連した知識を守ることは不可欠である。先進諸国の文化に感化されたクナ族の意識の変化や、人口の流動、外圧(パナマ市などの)などから、植物の伝統的利用法を保存するため、どうすべきかが重要な課題であった。

f:id:shuasai1207:20201206180101j:plain収穫し、乾しているコーヒー豆

1998年、クナとNGO団体「ドボ・ヤラ」の持続可能な発展に必要な要求は、ワルガンディ自治区のクナ議会によって採択された。早速プロジェクトを立ち上げ、カナダのマクギル大学と共同して調査を行うに至った。さらに、この研究はカナダにある中央国際開発調査団体の寄付によって実現された。

まず、絶滅危惧種の中から有用植物を識別し、基本的な生態系の研究、またクナ族古来からの伝統的手法で行う収穫方法や収穫後の使用に関して知ることであった。

調査はワルガンディ自治区のナウラ部落で始まった。5つの項目で重要な23の種類の植物を選んだ。その5つとは、建築、家庭用品、繊維、薪、食用植物である。

23種類の植物の利用方法等についての情報を得るため、森林やその植物の知識をよく知るクナ族の男女に聞き取り、記録した。クナ族男女からの貴重な情報は、これら23種類の基礎的生態についての研究に大変役に立った。

また部落の周囲3500ヘクタールの地域の生態計画も作成し、植物観察技術の資格を持つ2名のクナ族の青年と生物学者サラ・ダジェ女史と共に作業した。

その作業とは、地域の異なる地点に300以上の区画を設定し、一区画ごとに、植物や森林の状態やそこに住むクナたちの生活の様子を記録した。一区画ごとの道や地域の境界の正確な地図を作製するという地道な活動である。まだ、研究されたすべての種類の分析は完成していないが、徐々に植物とクナの生活の関連性が明らかになってきた。

 

f:id:shuasai1207:20201207163902j:plainソソ椰子の葉で葺いた屋根

その一つの例は、住居の建築に最も重要な、『ソスカ』という厚みのある葉を持っている『ソソ椰子』で、他の地域では『グアガラ』と言われている。原生林では典型的な椰子である。成木は高さ15メートルになり、厚い葉は大きく、クナの伝統的家の屋根を葺くためにもちいられ、丈夫で長持ちする。ワルガンディでは、屋根を作るために使う唯一の椰子である。男性たちは、幹の到達が早いので、まだ、幹が成長しているときに、若い椰子の木の葉を切る。一家族の家の屋根をふくのに1000枚の葉が、集会場には15000枚の葉が必要である。集会場では、部落の活動を組織したり、社会的問題や文化、意見の一致などについて討議する。これらの集会は、各共同体の最高の権威である酋長によって統制される。酋長は、最近、10~15年間でソソ椰子が減少してきて心配だ、といった。

ソソ椰子については、この地域における椰子の分布地図を作製、よりよく成長するために必要な光、水、土の条件を調べ、豊富な椰子を人間が採取してしまう影響を評価するなどのデータを集めることである。

今までのところ、ソソ椰子は環境に豊富な多様性を与えるが、生育には石灰岩の沈殿物の混じる土壌ではよく育たないということが分かってきた。

また、ソソ椰子の繁殖地は、マホガニーが成長するのと同じ場所にあり、同時に成長させることができる。マホガニーは用材として大量に植林し、生産し、機械で一気に業者が伐採する木の代表である。

クナ族の伝統的農業であるアグロフォレストリーのシステムでは、一つの種類だけを植林するのではなく、他の種の樹木や植物、薬草など多様性をもって区画の中に生育させる。そうすることによって持続可能な生育が可能となるのである。そのために、各種の生息地や再生に適する場所を選定する研究がさらに重要である。

f:id:shuasai1207:20201207164144j:plain呪術の儀式にも使われるココボロの彫刻

ワルガンディ自治区NGO団体「ドボ・ヤラ」の共同プロジェクトの結果、23種の保存すべき植物の貴重な調査が終了した。

その中で、特に伝統的文化を引き継ぐ代表的な植物として挙げられるのが、クナ族が儀式として使う杖を彫刻したココボロ、カナスタと呼ばれるかごを編むための繊維を作る植物のチュンガ、木の実を根付のように彫刻するためのタグア、儀式の染料として使われるジャグアである。また、建築に使われるマホガニー、家屋の屋根を葺くために必要なソスカ(ソソ椰子)などである。