マドゥンガンジ(3)

      イグアナを食してしまいました(2)

バヤノ湖を横切りイペティ川からピリヤ川を走るこのボートの旅はよかった。

川の両岸には水鳥、カワセミなどがたくさんいた。白ゴイサギが優雅に何かをつついていた。この鳥は、顔から首、胸にかけて美しく鮮やかなターコイズブルーをしていて、頭に黄金色の冠をつけいる。このめずらしい水鳥を行きと帰りに見ることが出来た。大体は白ゴイサギという名まえの通り、くちばしあたりが水色で、体は薄い黄色と白のグラディーションをしている。それもまた美しいのだが、我々が見たのは、どうしたらこのように美しい色ができるのだろうか、と思うほどの透き通るような青に覆われた水鳥だった。神様の創造の不思議を見た。

「紅ヘラサギも前にきたとき見たよ。」

ボートの舵を握るクラウディオの友人がいった。

ピリヤ川の支流深くに入っていくと、岸から大木が倒れ込んでいく道をふさいでいる。持っているナタで枝を切り払いながら少しづつ先へと進んでいく。

いよいよ一同、イグアナ獲りに関心が移っていく。ボートを細い川の支流へ寄せ、木の生い茂る奥へ奥へとモーターの音を止めオールでこぎながら進んでいった。モノチチというかわいらしいサルが我々を見下ろしている。

 「いた!」

とさけんだ。イペティから乗ってきたクラウディオの友人たちが、ボートからごそごそと取り出した。空気銃だった。私は銃で撃つという発想がまったくなかったため、一瞬面食らってしまった。網で捕獲するとか、誰かが木によじ登って後ろから忍び寄って素手でつかまえるとか、そんなことを想像していたからだ。ハンティングがはじまった。

それにしても幹に半分身を隠しているイグアナを狙うのはかなり骨が折れた。友人たちも鉄砲に不慣れなのか、かなり玉をはずした。だがイグアナもイグアナである。パン、パンと乾いた音がして玉が飛んできて、あきらかに自分が狙われているとわかっているにもかかわらず、すばやく身をかわさないのだ。身の危険を感じたのだったら、木の上に逃げ込むとか、迷彩色の葉っぱの陰に隠れるとか、すばやく川に飛び込むとかすればいいのに。

ドサッという音と共にイグアナが落ちた。卵を持っているメスだった。まだ若く、尾っぽまで入れても全長六十センチぐらい、体重は二キログラムほどという推量だった。

イグアナ獲りは意外な形であっけなく幕を閉じた。

 約束どおり捕獲は一匹だけだ。友人たちはもう一匹いた、とかいってまだハンティングを続けたいようだった。クラウディオは私の顔をちらちら見ながら首を縦に振らなかった。

「この日本人のセニョーラと約束したんだ。ダメなんだよ」

クラウディオがバヤノ湖で銛を突いて獲った魚数匹を土産とすることで納得してもらい、ピリヤの部落へとボートを走らせた。ピリヤには電話とか携帯とかの連絡手段がないとクラウディオがいった。したがって我々が来ることは知らされていない。不安で頭がごちゃごちゃになったが、とにかくボートは進んでいく。すでに昼を過ぎていた。

f:id:shuasai1207:20190517122101p:plain

  バヤノ湖で銛を使って魚とり

 

f:id:shuasai1207:20190517122147p:plain

 空気銃でイグアナ獲り

 

ピリヤ部落、なんと表現したらいいのか、言葉が見つからない。

『砦』が一番ぴったりとくる。黒沢明監督の『隠し砦の三悪人』だ。

川の岸にボートをつけると、目の前に高さ五メートル以上ある土の崖が屏風のように立ちはだかっている。エンジン音を聞きつけたのか、見張りがボートを見つけたのか、崖の上から子どもたちが鈴なりに並んで我々を見下ろしている。駆け下りて来ない。ただジーと見下ろしている。人なつっこくない。川岸からは崖の上の部落の様子は全く分からない。上から矢でも飛んで来たらと想像する。パナマに毒ガエルがたくさん生息している。昔スペインの侵略者たちは、先住民族の放つ毒矢にやられた。

我々は彼らの視線を痛いようにかんじながら、崖の急斜面に掘られた足場を登って行った。崖を登りきって目に飛び込んできた景色を一言でいうとしたら、『貧しい』しかない。

想像以上に貧しい。子供たちのほとんどは裸だ。後ろに男たちが物珍しそうに集まってきていた。男性たちは古くよれよれのシャツとズボン。全員がはだしであった。そしてやせていた。この集落には三百から五百人ぐらいが住んでいると聞いた。

村人以外の人が来ることはめったにないという。

ようやくクラウディオの縁者と思われる顔見知りが現れ、一同部落のなかへと入っていくことができた。

女性たちは、クナ族の衣装であるモラのブラウスを着ている人は少なく、上半身裸で、布を腰に巻いている。唐草模様のような布を頭や肩からすっぽりと被り、胸をわずかに覆っている程度であった。

まずは酋長(サイラ)にあいさつをした。わずかだったが、日本から持ってきたノートや鉛筆、クレヨンなどの文房具を渡した。

私たちは、パナマのどこか田舎の地方、特に先住民族などを訪ねるときは何か役に立つものを持っていくということを鉄則としていた。たくさんでなくてもよい、こうすることによってぐっと友好的になれる。

それから酋長の案内で、パナマ政府が建ててくれたという開校したばかりの小学校を見たり、村の集会場を見たりした。すべて粗末な木の枝などで作った住居であった。学校は建ったがパナマから赴任する先生が決まらない、と酋長がいった。クナ族は結束が固く、血縁者たちで部落を作ることが多い。だから同じクナといってもピリヤ出身者以外はよそ者である。容易に心を開かない。ましてパナマ人は論外だ。もしその赴任した先生が少しでも白人系でスペイン人の名残をしていようものなら、ここでは命の危険を常に感じることだろう。

女性たちが作ったモラを持ってきて私に見せた。買ってくれ、というのだ。それらのモラは垢や埃、煤などで薄汚れ、作りも粗雑でとても買えるものではない。なんとか彼らの生活がよくなってほしいと願うが、一人のを買えば私のも、私のも、とモラを突き付けてくる。きりがないから買わないことに決めた。

笑顔の乏しい閉鎖的な雰囲気は、どうしようもなく息苦しくなる。もしかしたらどこかの小屋で、男たちが密かにコカインなどの精製をしているのだろうか?そんなはずはない、と打ち消すが、だがわかったものではない。

そういえば、以前アマゾン川源流近く、ペルーの奥地の部落で二人の日本人バックパッカーが殺されたというニュースをを思い出した。わずかな現金欲しさのためだった。

パナマダリエン州(県)の大半は未踏、未開の地であることを再認識した

f:id:shuasai1207:20190517121740p:plainピリヤ川