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マドゥンガンジ(3)
イグアナを食してしまいました(3)
クラウディオのおばあさんの家にたどりついた時は、空腹も絶頂であった。
おばあさんは、上半身はだかで布を一枚ふわっとかけて焚き火の脇にちょこんとうずくまっていた。しわびた乳房が見え隠れしていた。はだしの足は半ば灰の中にあった。
しわくちゃな顔で笑うと歯が少ししか残っていなかった。年齢不詳。カレンダーがないのでたしかな生年月日がわからないのだ。たき火がくすぶって、煙を出していた。
クラウディオからイグアナのクナ式料理法というのを聞いた。
はらわたを取り、腕、足などの関節をぶっちぎり、皮のまま、頭ごとなべの放り込んでぐつぐつ煮込む。ようするには 『イグアナなべ』 であった。時間をかけてとろけるように煮込んだら、ふぅふぅいいながらすべて食べてしまうのだ。
しかし、今おばあさんの目の前のたきびには、煮えたぎった鍋がなかった。
「イグアナはどこ?」
ボートの中に置いてきたという。
「えーっ」
のけぞりかえってしまった。あんなによだれが出そうなほどに話していたのに。
「なんでぇ!」
彼は道々、けんめいにさまざまな言い訳を考えていたようだ。
(皮も身も骨もとろけるほどに煮込むイグアナ鍋を作るには、相当な時間が要する。イグアナをおばあさんに渡しそれから酋長に挨拶に行き、ぐるっと村を一回りして戻ってきたところで鍋はまだ出来上がっていないではないか)
(それに鍋には水が欠かせないが、ここでは川の水を使うため、多分我々の慣れないおなかでは、即座にトイレ直行が始まるのではないか)
だが私が思い当たる一番の原因は、イグアナを手土産に持ってこなかったことではないだろいか。
(あの仕留めた一匹はセニョーラたちの分だ。それをおばあさんと親戚の者に、と出すわけにいかない。かといって、おばあさんやおじさん、おばさん、小さなガキたちがいる目の前で、これ見よがしにイグアナ鍋を食べることはできない。みんなで鍋を囲みたいところだが、それには一匹では足りない。せめて二、三匹は手土産として渡さないと。だったら初めから部落の人たちにはイグアナを見せないほうがいい)
クラウディオがそんな気遣いをしたのではないだろうか。
そう思うと、イグアナを獲った時、友人の一人がもっと獲ろうといった意味が分かった気がした。彼らも久しぶりに帰省するのに手土産が欲しかったのだろう。私がイグアナ保護をかたくなに言い張って、気まずくさせたのではないかと思った。部落の人たちにとってイグアナの肉は、貴重な栄養源だ。鶏も豚も牛も食べているくせに、イグアナだけは目くじら立てる。自分の狭い了見に反省した。
おばあさんが灰の中から食用バナナ、プラタノを掻きだし渡してくれた。
ほくほくしてヤキイモを食べているようだった。途中で獲ってきた魚の焚き火焼きを無造作に我々の前に出してくれた。これもむしゃぶり食った。おいしかった。魚の骨までしゃぶりついた。腹六分目の満足感。
別れの挨拶をする時もおばあさんは、焚き火の脇にうずくまったまま顔だけ笑っていた。なんだかこの人は一日中、一年中、いや生まれてからズーとここにこうしていたのではないか、そんな気がしてきた。
イグアナの特別な儀式をすることもなく、帰路についた。
クラウディオのおばあさん
足元の食事
家の中の少女
イグアナの分解、解体作業までクラウディオが責任を持ち、その夜遅くまでごそごそとうちの台所でやっていた。わたしは、カメラを抱えその一部始終を撮った。
まな板の上に乗った堂々としたイグアナの面構え。
次はひっくり返し、腹を出していよいよ卵を取り出す作業にかかる。おなかには、ピンポン玉より一廻りほど小さい、真っ白な卵が数珠繋ぎとなって四十三個ほどあった。
卵だけとりわけ、鍋に水を張りたっぷりの塩を入れ、塩茹でにする。
はらわたとかを取り除き、頭もついたまま皮も剥がず丸ごと大きな鍋に入れて、塩ゆでにした。
冷めてから皮を剥ぐ。この皮が猫の好物となった。
肉を裂き、オーブンに入れ低熱で水分を蒸発させるところまでクラウディオがやった。
翌日、イグアナ料理は、家で台所をしてくれているマルタの手に移った。彼女の出身地ロスサントス地方の田舎風料理となって夕食に出た。
『カルネ・デ・イグアナ・エスティーロ・ロスサントス』 という、舌をかみそうな名前の、たまねぎとトマト煮込みのしゃれたものであった。
卵は塩茹でのまま、殻をむいて食べる。味は鶏のゆでたまごに似ているが、濃厚でおいしかった。
イグアナの肉は、鶏と変わらないが弾力がありゴムのようであった。尻尾に肉がたくさんあり、体より柔らかかった。
二日後、ふたたび家にきたクラウディアに食べてもらった。
「やっぱりぶっちぎり鍋でなくっちゃー、食った気がしない。」
とぶつぶつ独り言をいいつつ、それでもきれいに平らげてくれた。
私は妊娠しているマリーに精をつけるためにと、持って帰ってもらった。
イグアナ愛好家の人たちには申し訳ないが、とにもかくにもイグアナを食ってしまったという話である。
鍋の中
イグアナの卵