先住民族クナ族 

f:id:shuasai1207:20200505170948j:plainクナ族の女性


パナマの国の特色としてまず挙げられる点として、先住民族と平和共存していることだと思います。もちろん長い歴史にはパナマ人と先住民族との熾烈な戦いがありました(詳細は後記)が、結果自治権を獲得し、共栄の道を選び今日に来ています。ここで先住民族7部族の中のクナ族を紹介したいと思います。

                                                     

f:id:shuasai1207:20200504164212j:plainサンブラス諸島

 クナ族は南米コロンビアが発祥の地と言われています。その証拠として6000年前の農耕の跡が発見されています。その後移動しパナマダリエン地域で、約2500年前の陶器や小像、宝飾品などが遺跡から見つかっています。1492年コロンブスの新大陸発見以来、スペイン人がパナマに入植、先住民族・クナ族との激しい戦いが繰り広げられました。1930年パナマ政府とクナ族との和解が成立しました。クナ族だけが住むサンブラス州は特別自治区となり、外国人(パナマ人も含め)の土地や島の所有と居住を許可していません。それによりクナ族の言語、伝統、文化が、外界からの軋轢や侵略から守られる体制ができました。このことは世界史的にも稀有なことです。

 サンブラス州は北はカリブ海に面し、東はコロンビアと接し、西と南は中央山脈に区切られた長さ230Kmの細長い地域です。350余のサンゴ礁の島々が点在し、クナ族のほとんどがサンブラス諸島に住んでいます。その理由の一つとして、大地はジャングルに覆われ蒸し暑く、蚊などによる病原菌からの疾病を避けるためと、島に野生する椰子の実の売買を生活の手段としていたためといわれます。白い砂浜とコバルトブルーの海とヤシの木が生い茂る島々と伝統的衣装をまとったクナの女性たちの写真は、パナマの観光を代表するひとつとなっています。確かにクナ族の生活様式は何千前の原始の生活が現代によみがえったようで、あっと驚かされます。

f:id:shuasai1207:20200504164429j:plain島の中の部落

 各島ごとに数百人から数千人規模のクナ族が住んでいます。一つ一つの島が、独立した共同体で、その中心は酋長と補佐役たちで島の政を取り仕切っています。年に一度は全諸島の酋長たちが集まり会議を行い、共通の決まり事などを取り仕切ります。もちろん彼らの共通の土台はクナ族の言語と風俗習慣、宗教であることには変わりありません。酋長は、賢さや伝統や文化に対する知識の精通した年長者が選ばれます。集会場の中心に酋長と補佐達のためのハンモックが用意され、夜になると島中の人がここに集まります。酋長達はそこに横たわり、ハンモックを揺らしながらパイプの煙をたなびかせ、唄を詠います。そして島の中での家の建築、葬式、耕作などの出来事や問題点などを民主的に解決していきます。唄は単調でありながら深遠で、例えるならば語り部のような役割を果たし、古代からクナ族がもっている宗教観、自然界や宇宙観を伝えたり、クナ族の先祖の歴史を伝えたり、様々な内容を唄を通して子孫へ伝授する役割を持っています。文字のないクナ族は、酋長がパイプの煙をくゆらせながら歌を通して子孫へと伝授されていきます。ハンモックをゆっくりと揺らし奏でることによって次第に霊通し、霊界からの重要なメッセージを島民に伝えているといわれています。集まりの間、男性たちはヤシの繊維からなる籠を編んだり、木片に彫刻をしたり、女性たちはクナに伝わる伝統的な刺繍、モラを縫い、酋長の歌に耳を傾け夜を過ごします。

f:id:shuasai1207:20200504171036j:plainハンモックに横たわる酋長

 クナ族には独自の宗教があり、その教えは歌によって引き継がれてきました。天の父は宇宙を作り、いつも母なる地球を伴っていること。いかに天の父と母が聖なるクナの山にクナ族の先祖を産んだか。天の父と母はクナの生活を守るために霊界のメッセンジャーとして酋長を送ったとか。霊界は地の上と下に4層づつの8つの層からなり、地上の最上階である4番目の層が天の父の住むところで、善良なるクナの霊魂はそこに行きます。彼らにとって霊界は、五感で感じられる物質世界を支え、活気づけていると捉えています。地上での幸不幸、健康病気は、霊界とのバランスによって決まります。もし共同体がそのバランスを崩した時、禍、つまりは自然災害や伝染病が起こります。個人の場合には、その個人に宿る魂が破壊されたり、傷ついたなら、病気や事故が起こります。そのため、酋長は悪霊と接触し、彼らを打ち負かし、治療に努めます。酋長の霊は8層の霊界を駆け回り、病気の世界に入って治療を施します。

 彼らは霊界を強く信じています。霊は祈りや藁の十字架や木の小さな像の形によって呼び覚まされます。霊界には悪霊と善霊の二つのタイプがあり、善霊は木の像で象徴されています。酋長は木の像で、悪霊の頭である悪魔と戦います。酋長とは生まれつき超自然な能力を持っているといわれています。補佐をする祈祷師は、優れた植物の知恵を持ちジャングルの中のあらゆる薬草のありかを知っていて、腐った木や死んだ動物の体、骨、薬草などを粉にして、薬を造ります。酋長達の唄や悪魔祓いの特別な儀式をし、薬草で燻し清め、憑りつかれ病んだクナに薬草を飲ませて禍をもたらす魂を鎮めます。また、唄詠いの補佐は、霊界に話しかける歌を唱い酋長を助け悪霊を取り去る役割を担います。酋長と唄使い、薬草使いは、単なる風邪から伝染病に至る病気まで幅広く対応し、厄払いや治療を施します。災難は共同体全体の出来事とみなされるので、島中が一致して取り組みます。この間、島は他の島との出入りを遮断するので人々は出入りできないようになっています。

f:id:shuasai1207:20200504170724j:plainサトウキビからチチャを作る

 クナ族は母系社会です。家は代々、長女に譲られ引き継がれていきます。男性は気に入った女性の家に入り、数年間、義理の両親のもとで使え、両親に認められて初めて正式に婿として家族の一員になります。結婚の儀式というのはありません。女性は氏族繁栄をもたらす大切な存在です。したがって少女が初潮を迎えたとき、一家は酋長に報告し、「チチャの祭り」という盛大な祝いの祭りを行います。その時、島中の人に食事とチチャというサトウキビから作る酒をふるまいます。これは少女がいつでも婿取りができるという知らせでもあるわけです。

 文字によって伝承することがないクナ族にとって、唄は非常に大切なものです。酋長と唄詠いの補佐による対話を伝統的な歌で唄います。これらの歌は特殊な能力がなければ唄うことができず、長い修行の末、宗教的、文化的なものを代々にわたって引き継がれる儀式でもあります。この儀式は祭りや葬式の時も同じで、また、治癒や悪魔払いの時にも行われます。日常においてもクナの島民は、歌を欠かしません。歌は家を建てる時や、子供の教育の時、魚釣り、籠作り、コメの収穫、モラを縫うときにも歌われます。また、歌とともに伝統的ダンスもつきものです。竹で作った長短の菅を並べた原始的な楽器を吹きながら踊ります。ダンスは彼らの宗教的表現です。自然によって鼓舞され、熱帯雨林の種々の鳥の飛行や動物の動きを再現しています。

f:id:shuasai1207:20200504170400j:plain伝統的なダンス

独特なパッチワーク、モラについて

 クナ族の文化として注目されるのは、世界でも最も美しく、カラフルだといわれている女性の衣装や身につける飾り、体に塗る装飾です。このことは古くから知られていて、16世紀の探検家はクナ族の女性の装飾品や衣装について記述しています。自然の繊維で編んだ、やや長いスカートと、胸を隠すほどの幅広いネックレス、鼻につけた金のリング、そして、体に塗っている、植物繊維から抽出された染料の赤や青、黄色などの鮮やかな色で描き出された幾何学的模様などです。ですから、その時にはすでに、クナの女性は非常な派手な明るさを好んでいたようです。

 最初は上半身裸で、肌に染料を塗って模様を創り出していましたが、衣装を着るようになりました。その衣装は上着として、短い袋のような袖のあるカラフルに織られたブラウスで、その中に刺繍を施された布が前後にあります。それがモラと呼ばれるアップリケで特別な技術を使って縫われています。編んだ布のブラウスに飾りが施されるのは18世紀中頃、フランスのユグノー教徒(キリスト教の一派)がサンブラスに来てクナの女性に、布、糸、針を与え、ブラウスを縫い、上半身を隠すように教えたと言われています。それがパッチワークのモラの手法を編み出した源だと言われています。元来クナの女性たちは様々な模様を体に描いていましたから、モラの中に、彼女たちの独特な色遣い、模様を次々と創り出してきました。いまではパッチワークの一角に座し、世界中にモラの愛好家が居り、それら愛好家にとってサンブラス諸島はモラのメッカ(聖地)となっています。

 その模様は幾何学的なものや、日常生活や自然から鼓舞されたものなどです。ブラウスの下はスカートがあり、腰の周りに巻き付けた、緑や暗い青色などの単純な色で織られたものです。頭には、赤い布に黄色い伝統的模様をつけたスカーフをつけ、前腕と足のふくらはぎにオレンジや黄色、黒の小さな真珠を糸で通し、輪にして何層にしても巻いていきます。それが伝統的な幾何学的模様になっています。足や腕のスタイルがクナの女性の美しさのしるしでもあります。最後のメイクアップは、頬骨にオレンジがかった赤色を塗り、額から鼻にかけて黒い線を引いて、優雅さを高めます。

f:id:shuasai1207:20200504170145j:plainモラを掲げるクナの女性

 モラはアップリケの逆のやり方で縫っていきます。このやり方は世界でもクナ族だけの独自のもので、近年になって世界の芸術家から注目を集めています。色の違った布を34枚重ねて、模様のアウトラインの沿って上の層から切っていきます。切ることによって下の層の色が浮かび上がります。それを何回も繰り返すことで、いろいろな色の模様が出来上がります。一番下の層の色は模様のアウトラインを作り上げます。つまり、その層は色の背景となるので切ることはありません。そして切った所の縁はきれいに縫い込まれていきます。模様は第一に注目するもので、すぐにみんなに理解されなければならないと言われています。それと、模様と色の調和とバランスが必要ということです。同時に、縫い方がいかに細かく、きれいに、丁寧になされているかもその芸術的価値の評価になります。

 クナの女性は6,7歳頃からモラの手法を学び、それがその家に伝わる独自的な模様として代々引き継がれてきました。衣装は生活の必需品とともに、美の競い合いでもありました。昔は商品のやり取りは物々交換でしたが、近年次第に商業主義が入り込むようになりました。交換の基準が紙幣となり、特に欧米からの観光客がモラを買うようになり、クナの女性たちがモラが商売になることを知るようになりました。昔からのモラの模様と共に、市場の要求に合わせるようになって、伝統的な模様から現代的模様に変容してきました。それでも、クナのスペシャリストは現代の流行に合わせながら、伝統的な、創造的な模様を生み出しています。今でもサンブラス諸島のモラは愛好家のメッカとしてすたれることはありません。